滴色

好きなことを、好きなだけ。

解釈違い

 解釈違い、地雷です>< 許せないので爆撃しますね><

 というスタンスの人を理解できなかったんですが、今でも理解できないんですが、地雷を踏みぬいてTLで大騒ぎする人の気持ちは真の意味でようやく理解できたような気がした昨夜でした。地雷、という表現もあまり好きではなかったですし、私自身、苦手な類の作品を目にしかけてしまったらそっと閉じて好きな方向へと逃げる、という感じで過ごしてきていたんですけれども、踏んでしまい、動けなくなって騒ぐしかなくなるって、なるほど、こういうことか、と。

 カテゴリーにちょっと悩みましたが、ゲーム、もつけておきました。というのも、私が踏み抜いてしまったのはFate/Zeroにおける解釈違いの「地雷」であったものでして。小説版を読み進めていたのですが、ほら、この作品って、様々な偉人が出てくるじゃないですか。かの有名なアーサー王を女性として描くだなんて! みたいな性転換絶許案件ではなく、本当に、文字通りの「解釈」違いにぶち当たってしまったのですが、そこを飲み込んで読み進めなければ物語は進展しないわけで。しかし、自分の中に軸としてあったその存在に対するイメージとぶつかり合ってしまいまして。

 結果として、地雷を踏んでしまった、という表現に相応しく、動けなくなりました。どうしたものかと、TLで騒ぎました。申し訳ない。

 

 結論から言いますと、あの部分はキャラクターの心情を描いた地の文となっていましたので、そのキャラクターが件のキャラクターについてそう見ていたのだ、という解釈とすることで落ち着きました。いや、落ち着いてはいないんですけれども、そう飲み込むことにしました。それはそれで非常に切ないんですけれども、つらいんですけれども、そんなことを言っていては何も進みませんし、何より、私の解釈が正しいともあの解釈が正しいとも、どちらとも言えないですからね。要は「解釈」の問題なので。

 

 とはいえ、自分の中でもっと整理整頓をするために、追記にてだらだらと書き連ねていこうかとは思います。お付き合いいただける方のみ、先へとお進みください。

 議題は「ギルガメッシュ叙事詩」です。お察しの通り、ギルガメッシュ王とエルキドゥのお話。

 そもそも論として。

 幣カルデアに彼らはいませんし、FGOにおいて彼らが登場する部分までストーリーを進めることができていません。過去作品の中で触れたのは漫画版のstay nightのみであり、ただ、TLや二次創作にてふんわりと、そして目にしてしまったネタバレ攻略にてざっくりと、Fateという世界における彼らを認識しております。

 小学生の頃より神話や伝説の類は大好きでして、FGOにおける英霊の姿は知らないけれど、伝承として世間一般に広まっている姿ならば知っているよ、みたいな状態の方々も結構います。そんな感じでしたので、お迎えする前に、お会いする前に、召喚の触媒にすることも兼ねて読破しておこうと思って購入したのが、ギルガメシュ叙事詩でした。

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

 

  この叙事詩、何がすごいかと言いますと、まあ古すぎて穴抜けの個所が多いところですよね! 石板がまるっと抜け落ちている部分もありますし、想像力の掻き立てられる、ロマンあふれる叙事詩です。

 作品として楽しむのであれば、空白の部分についてもそれなりに補完したものを読むべきかとは思ったのですが、どこからどこまでが「二次創作」になるのかが分からないというのも嫌だな、という思いがありました。そして、私が探した限り、書店にあったギルガメッシュ叙事詩はこれだけだった……ということで購入したのがこれだったんですけど、これ、ちゃんと穴抜けになっているところは括弧書き状態だったり空白になっていたりで分かりやすい(?)んです。まあ、もう20年前の書物となってしまっているので、もう少し新しい類似のものを探したいとは思っているんですけれども。

 閑話休題

  そんな感じで、己の脳内で補完を加えつつ、私が出会ったのは叙事詩に生きる二人でした。その状態のまま、脳内で息衝く彼らを抱えたまま、問題のFate/Zeroへと突き進んでしまったわけです。

 

 泥より作られて人と成った身でありながら、神の子の隣に並び立とうと背を伸ばした愚かなる道化者。

 だが身の程を弁えぬその傲岸は、当然ながら天上の神々の怒りに触れ、男は神罰によって命を落とす。

Fate/Zero 4 p158)

 

 ここに辿り着いてしまった時、なんでさ! と叫びました。心の中で。叫んだと同時に、ページを閉じました。これ、ちょうどページを捲ったところに書いてあるんですよね。ワクワクしながら捲って、なんでさ! と。衝撃でした。いや、身の程を弁えぬ傲岸はお前やろ英雄王、みたいな。神々の、というか、女神の怒りに触れたのはお前やろ慢心王、みたいな。

 本当は泥人形が神の子たる存在に並び立とうとするなど云々の部分にも衝撃を受けて根幹を揺さぶられる事態ではあったのですが、この点については、王の内心を吐露する地の文であることを考えると「まあ、そうなるか」と。二時間ほどかけて、この部分について一時的に思考を停止して全て読み切った後にあらためて考えなおし、そう思いました。が、神罰によって死ぬべきはお前だったぞ王よ、的な……。

 とはいえ、今、改めて石板訳を読み返してみると、微妙なラインなんだな、とは思いました。この「神罰」がそもそもどうして生じたかというと、ギルガメッシュがイシュタルからの熱烈アピールを断ったからなんですよね。だから彼女が願い、ギルとエルは殺した者も死なねばならない『天の牛』と戦うことになった。そうして天の牛を殺したのがエルだったものだから、死ぬのはエルキドゥ、ということになったわけではありますが……どう考えてもお前のせいだろう王様!!!! という。泥人形が神の子に並び立つ傲岸さを持ち合わせている、という点については譲れても、そこを理由に神罰が下ったとは言わせられないです……はい。そこだけは、納得ができない。

 世界の全てが我のもの! 何故なら我が王だから! な英雄王様の視点でずっと考えていくのであれば、まあ、そうなるのかなぁとは思いつつも、これ、こうやって自分の中で誤魔化している中で次に読む予定だったやつが問題の二人が表紙になってる作品で「あ、ちょっと今は無理かな!」と思いましたね。

 

 この勢いのまま、もうちょっと叙事詩の方々についてまとめておこう。

 ギルガメッシュが都で好き放題していたので、お前やりすぎんなよー、というノリで何とかしようと作られたのがエルキドゥ。神々によって作られた、泥人形の戦闘兵器。だからこそ、初めは動物たちと野山を駆けまわり、知性なんてものはなかったんですよね。それが、女性との性行為によって、その女性とのかかわりの中で知性を得て、人間らしさを学んでいく。結果として友であったはずの動物たちは離れていってしまい、それでも、追いかけることができなくなってしまっていたエルキドゥ。

 この部分、ものすごく失楽園感があると思いました。禁断の果実を食べたことによって羞恥心を学び、穏やかな楽園から追放される。神々の手で完成させられた「泥人形」だった兵器も性行為によって「人間」へと変わってしまい、何も知らななかった頃の状態には戻れないんですよね。

 これ、失楽園がどうだったのか忘れたんですが、蛇に唆されて果実を手にしたイヴをアダムがめっちゃ怒ってた記憶があります。それでどうなったのかとか全く覚えてないんで中途半端なんですけど、エルキドゥもまた、自分を「人間」へと変えてしまった女性に対して怒る部分があるんですよね。そこについてはギルガメッシュが諭してるんですけど。

 その他、大洪水の逸話であったり、死を克服するための旅で大事な役割を果たすのが蛇であったり、なるほど全ての起源は我にあり的な部分はこういうことなんだな、と納得する感じでした。もっと勉強したいですね。様々な言語の複製というか、そんなのがあって、それぞれ複製者の付け足しとか訳し方とかがあって、面白い世界です。自分で研究しろと言われたら頭が痛くなりますけどね!

 

 よし、ちょっとだけすっきりしました。