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滴色

好きなことを、好きなだけ。

満員電車にて。

一次創作

椎名を見ていた男の独り言。

  もう二度と二度寝はしない、と固く心に誓う。目覚まし時計が鳴るよりも前に目を覚ましてしまったことが敗因の一つだった。あともう少しだけ眠れるな、と。そう自分を甘やかしてしまったことが運の尽き。気が付いた時には既に遅く、いつも乗っている電車よりも一本遅い電車に乗る羽目になってしまっていた。
 大勢が乗り換える駅から乗るおかげで、何とか席を確保することはできた。しかし、快適かと問われるとそれは微妙なところである。通勤ラッシュど真ん中を、小雨のぱらつく薄暗い空が覆いかぶさっている。人口密度の高さに湿度の高さが合わさっていて、不快指数はぐっと上がっているのだ。仕方のないこととはいえ、傘をはじめとした濡れた荷物がぶつかり合ってしまうことも大きいだろう。隣に座っている男性は、そのような中でも経済新聞を熱心に読み込もうとしている。肘が当たっている分はせめてと盗み見てやりたかったのだが、それほど紙面を開いて読むことができない状況である。読むことができるのは中途半端な一部分だけで、良いことなんて一つもなかった。
 座ったのは良いが、果たしてこの人口密度の中で自分は降りることができるのか。そんなことを考えながらぼんやりと眺めていた車内に、小さな頭を見つけた。他よりも随分と低い位置にあるそれは、転ばないようにか、それとも逸れてしまわないようにか、誰かの服の裾をぎゅっと握りしめているようだった。
 第一に思ったのは「こんな時間に珍しいな」ということだった。沿線に幼稚園がないわけではないが、通勤ラッシュとぶつかるような通園時間ではないはずだった。体調不良で欠席をして病院へ向かう、にしても保護者はこんな時間を外すだろう。握りしめられた服の持ち主はどんなやつだ、と視線を上へとずらしていく。そして少しだけ驚いたものの、何となく納得をしてしまった。私服でも良い職種なのだろう、とは思っていたのだがそうではなかった。社会人にしては随分と幼さの残る顔立ちで、きっと、彼は大学生だった。或いは高卒で働いている社会人であるのかもしれないけれど、もしも本当にそうなのだとしても、申し訳ないことにそうは見えなかったのだ。
 年若く親となってしまうことの多い世代、といったものに偏見がないと言えば嘘になる。このような人の多い時間帯に小さな子供を連れて電車に乗っていることも、子どもを抱きかかえてやらないばかりか、手を繋ごうとしていないことも、彼のおおよその年齢に見当をつけてしまった今は「やはり」という言葉で落ち着いてしまった。たった三文字の中には、良くも悪くも様々な感情が押し込められている。
 子どもを気に掛けていないわけではないのだろう。時折、彼の視線は子どもへと向けられている。転んでしまわないか。誰かに足を踏まれてしまわないか。傘や荷物が顔に当たってしまわないか。子どもにいつか訪れるかもしれないそれらの事象が不安で、心配で、そして憤りが胸の中に積み重なっていく。ほらやっぱり、と言ってやりたい気持ちと、そうなってはほしくない気持ちとがぶつかり合っている最中に、それは起こった。
 線路がカーブに差し掛かる。
 電車が揺れた。
 そしてバランスを崩した一人の鞄が、子どもの頭を。
 思わず声を上げ、視線を集めてしまう。見間違いではなかった。確かに鞄は、子どもの頭をすり抜けるようにして、彼にぶつかって。
 そう、彼だ。子どもに服を掴まれていた、子どもを気にしているように見えた、彼は。
 何も見えていなかった人間には、彼が身体を動かしたのは鞄がぶつかったからに見えるのかもしれない。しかし、きっとそうではなきのだ。彼が鞄から離したのは鞄がぶつかった場所で、つまり、それは子どもがいる場所だった。服の裾を弄るように手を伸ばした彼ではあるが、子どもの頭を撫でてやっているようにも見えた。